新潟地方裁判所糸魚川支部 昭和43年(わ)3号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕検察官は本件公訴事実第二において、「被告人は判示日時場所において判示車輛に立山定(当二八年)を同乗させて運転し富山方面に向け時速約六〇粁で進行し前方の見透しのきかない左カーブに差しかかつた際自動車運転者としては運転開始前飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり正常な運転をすることができない虞れがある状態となつたのに直ちに運転を中止すべき業務上の注意義務を怠り漫然運転を継続した過失により前方から前車追越しのためセンターラインを越えて対向して来た五味川直清(当時四〇年)運転の自動二輪車を認めながら進路を変えてこれを避けることができず正面衝突するに至らしめによつて同人をして頸椎骨折によりその場に即死せしめるとともに自車に同乗の立山に対し全治約二週間を要する前頸部打撲切創右手背切創の傷害を負わせたものである」旨主張している。しかし、右公訴事実に関しては証拠によつて次のような事実が認められる。すなわち、被告人は右事故当日の午後六時半頃から同八時近くまで勤め先で同僚らと飲酒し、被告人自身は清酒を三合前後飲んだあと、日頃通勤に使つている自己所有の普通貨物自動車を運転し、同方向に帰宅する立山定を助手席に同乗させ、国道八号線を西に向かい、同日午後八時五〇分頃前記衝突現場に差しかかつた。現場は幅員9.2米のアスフアルト舗装道路で白ペイントで中央線が引かれており、東から西に向かつて(被告人の進行方向)北側にふくらむ緩い大きなカーブを形成しているところで夜間の照明設備はまつたくなく、北側は日本海に、南側は並行して走る国鉄北陸本線を隔てて山となつており人家等もないところである。また、現場付近道路には速度制限はなされていない。被告人は前照燈を下向きにし、時速五〇粁ないし六〇粁で右側車輪が中央線を踏む位の道路中央寄りを進行して右のような現場に差しかかり道路のカーブに合せて走行中、すれ違つた大型定期便トラックの後方から対向して来る五味川直清(以下、便宜上、被害者ということがある)運転の自動二輪車を双互の距離七〇ないし九〇米のところで発見(前照燈が一つであることから判つたという)し、その直後、やや前進して互いが三〇米位の距離に接近したときに、右対向車輛が中央線を越え自己の進路上に侵入して来たことに気付き衝突の危険を感じて急制動を施し、左に急転把したが、自動車は右車輪が中央線上に重なる位置を一一米位スリップしてそのまま前進し中央線の内側七五糎のところ、被告人運転の自動車の前面ほぼ中央付近で高速のまま対向して来た右自動二輪車と激しく正面衝突し、これをボンネット上にはねあげ同所から前方三七米のところまではねとばし、自動二輪車の運転者五味川を二一米前方の地点道路上に転倒せしめ、自車も上下に一回転し、前後に半回転して道路左端に停車したが、この事故によつて右五味川は即死し、立山が公訴事実のような傷害を負つた。検察官は、被告人が酒酔いのため正常な運転ができない虞れのある状態にありながら運転を続けたので、対向車の自己の進路えの侵入を発見しながらこれを避け得なかつたものである旨主張し、たしかに被告人が酒酔いのため正常な運転をすることができない虞れのある状態にありながら運転を続けていたことは認めることができる。しかしながら、このことから本件事故に際し被告人が対向車を避けられなかつたのは右のようにに酒酔いの状態で運転を続けていたためであると即断することはできない。被告人は対向して来る五味川運転の自動二輪車を前方七〇ないし九〇米前方の地点に発見したと主張し、これを否定し得る証拠はないところ、本件事故現場の道路はカーブしており、検証の結果によればカーブに入つてからは中央線上において前方九四米までしか見透すことができないのであり、したがつて、被告人は本件現場においては被害者の車を右見透し得る範囲内においてすぐに発見していることになり、前方注視を怠つていなかつたことが認められる。しかし、この発見当初の段階では対向車、特に本件のような自動二輪車のような比較的小さい車輛が中央線を越えて対向して来るものであるかどうかは、特にその中央線を越えている程度がわずかである場合(本件では前述のように、衝突地点において七五糎である)には進路が左にカーブしている関係から、すぐには判明しないとみるべきが相当であり、相互に相当接近してはじめてその点が確認できるようになるのであるから、本件において、仮りに被害者が右発見の当初からすでに中央線を越えて進行していたとしても(証拠上は、そのように認めることは出来ず、かえつて至近の距離に接近してから急に中央線を越えた疑いが強い。)それを被告人が相手車の発見と同時に認めなかつたことに落度があるということはできない。すなわち、被告人が対向してくる被害者の発見と同時に、これを避譲しようとする運転をしなかつたからといつて、これは被告人の酒酔い運転とは直接関係なく、正常な運転の際にも当然あり得ることと考えられることである。ところで、被告人はそのままの進路で進行し、対向して来る被害者と三〇米位に接近したとき、被害者が突然中央線を越えて自己の進路に入つて来るのを認めたと主張し、これを否定し得る証拠はない(むしろ証人立山定の供述は被告人の弁解を裏付ける証拠となる)のであり、被告人はこの時には危険を感じてただちに急制動措置を施し、同時にすでに道路のカーブに合せて若干左に切つていたハンドルをさらに左に大きくきつている(これ等の事実は、実況見分調書、同添付図面の記載、証人米持秀男尋問調書の記載およびこれらによつて認められるスリップ痕被告人運転の自動車が衝突後一回転していること等を綜合して確認することができる)のであつて、被告人のこれ等の措置は右のような突然の事態に対処すべき自動車運転者の措置として適切妥当であり、非難されるべき過失、落度は見当らない。すなわち、右の措置に関するかぎり、酒酔いのため危険回避のための措置がおくれたり、あるいは不適当であつたとすることはできないのであつて、したがつて本件事故は被告人が酒酔いのため進路を変えて衝突を避けることができなかつたためのものであると認める訳にはいかない。いいかえるならば、正常な運転者であつても右のような事態に直面した場合には、本件において被告人がとつたのと同様の措置をとつたであろうし、また、そのような措置しかとり得なかつたであろうと認められるのである。
なお、本件では被告人の運転方法のうち次の点が問題になると思われるので一応検討しておくこととする。
その一は、被告人が前照燈を下向き(減光)のまま五〇ないし六〇粁の高速で運転した点である。しかし、この点は、そのために自己の進路前方の歩行者その他の障害物の発見がおくれこれと衝突したような場合には過失の内容となつてくるであろうが、本件のように対向車が中央線を越えて自己の進路に侵入して来たような場合には過失の内容とはならない。
その二は、被告人がカーブを進行するに当り、道路左側に寄り得る余地が十分あるのに(本件現場では被告人の進行した南側の車線の幅は非舗装部分を含めると五、四米、舗装部分だけでも三、八米ある)中央線ぎりぎりに走行した点である。たしかに、見透しのきかないカーブを高速で進行するに当つては左端に寄つて進行するのが安全であり、望ましいことであることはいうまでもないが、中央線を越えない限りは中央線に寄つて走行しても違法視されるいわれはなく、中央線を越えて来た対向車との接触につき責任があるとすることはできない。本件においては被害者は中央線を七五糎越えた地点で被告人の車輛と衝突しているのであるから、被告人が本件現場において実際よりも七五糎ないし一米以上左に寄つていなければ本件接触は避けられなかつたものであり、したがつて、被告人の中央線寄りの走行をもつて本件衝突の原因と見るわけにはいかず、本件を過失の競合する場合とすることはできない
以上のとおり、本件において被告人の酒酔い運転の事実は衝突事故の原因と認めるには不十分であり、むしろ、本件は被害者(も飲酒の上の運転であつた)がすれ違いの直前で被告人の自動車の前面に中央線を越えて高速で進出した重大な過失により発生したものであり、被告人が酒気を帯びず、常正な運転をしていたとしても、換言すれば、他の運転者であつても避け得られなかつた事故とみるべきものであつて、被告人には検察官主張のような致死傷に対する過失責任があると認めることは出来ず、したがつて業務上過失致死傷の公訴事実については犯罪の証明がないことになるのでこの点につき被告人に対して刑事訴訟法第三三六条によつて無罪の言渡をすることとする。(佐野昭一)